過去の災害の様子

横河川の災害 昭和58年 北大塩地区

昭和58年9月28日 台風10号により茅野市が大きな被害に遭いました。その中でも米沢地区の被害は甚大で、横河川を含めた多くの河川が氾濫し、河川脇の土手が崩れ、収穫前の稲に土砂や泥が覆いかぶさりました。二度とその時と同じ、災害を起こすことが無いよう、この計画が中止になることを祈ります。

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横河川 北大塩地区➀

土砂が河川につまり、河川脇の道路に水が流れでている。

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横河川 北大塩地区②

➀の写真から、河川の土砂を取り除いた時の写真。

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横河川 北大塩地区③

増水で河川から濁流があふれ出す。


横河川の災害 昭和58年 平川

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平橋下

河川から濁流があふれ出し、道道路を削り流される。

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平橋下

濁流で道路が冠水。川か道路かわかりません。。

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災害

収穫前の稲も完全に押し流されてしまった。


現在の横河川

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横河川と桧沢川 合流地点

雨上がり上から流れてくる桧沢川の水に比べ、下側の横河川の水は既に濁っています。

 当時の記憶・・・!!

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昭和58年、この時小学校6年生でした。その時の記憶は今も忘れません。当時私の住まいは横河川のすぐ横でした。夜もの凄い豪雨で父と祖父が雨カッパを着て、今にもあふれ出てきそうな河川の水を土嚢や木の枝等で抑えようとしていました。

私も子供ながらに手伝わなければと思い、傘をさして近づくと、区内放送で当時の区長さんが「OOさんの家が流されそうで・・・、集まってください」とか流れたような?その放送も雨音でうまく聞き取れませんでしたが、今思えばそれが私の家のことを言っていたんだなと・・・?その後近所の方々も集まりはじめ、私は祖母と非難するよう言われ、祖母の友人の家に移動しました。

翌朝、雨も上がり家に戻ると、自宅からすぐ下が土石流でつまり(➀の写真)田んぼだったところが水一面でした。学校に行こうにも、道か川かわからず通学できなかった覚えがあります。

その後、我が家は横河川から離れたところに移動するのですが、私は今はまた元の横河川の横に自宅を建てました。この環境が好きだからです。

今もなお、大雨の雨の日には横河川に濁流が流れ不安になるときもあります。

もう二度とこのような災害が起きないことを願いますが、今回の「諏訪四賀ソーラー事業(仮称)」には、大反対です。子供達に迷惑のかからない環境を残すべきだと思います。

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今後追加予定

写真UP予定。